仕事もわが体も社会のありようも、及第点にはほど遠く思えるのだ。
ちょうど腸のあたりに、よくわからない「澱」がずいぶんたまっているような気がする。
数人の人間と生の言葉で話し、数人の人間と電子の言葉で話し、いるのかいないのか定かでない雲の向こうの人間の言葉をぼんやりと眺めて、少しばかりの仕事をしてご飯を食べ散歩をして1日が終わり、人生の「いい時」が過ぎていく。
これが人生で、これが生きていくことで、これが誰にもあることなんだと誰かが優しく諭してくれたら、ため息などつかずにすむんだよ。たぶんね。
自分でそっと自分に言ってみる。「それでいいんだ、それが人生だ。」