いや~、なんとも久しぶり。気まぐれで書き込んでます。しかし、ブログもすっかりリニューアルされて、なんだか雰囲気違ってる。いまや私は過去の遺物か、なんて言葉をつい書いてみたくなる。
年を重ねることは悪いことじゃないんだけど、やっぱり見た目がね。シワだのシミだのってのを直視してしまうと、自分のなかに「劣化」の2文字が浮かんでしまう事実はどうしたって否めない。ま、ね。生まれたての赤ちゃんの目はとってもきれいで透き通っていて、肌もつやつやなのが悪態つくようになるころから誰だって維持できなくなるんだからね、老いはすべての人に与えられたプレゼントって考えますか。すべての人はみんな同じ。差別だ格差だというこの時代に、なんとも気持ちのいい事実じゃありませんか。
仕事は相変わらずバタバタやってます。つい先日も「これはGW明けに」と思っていたゲラを、「1日でも早く、1編でも多くGW前に」とせかされたもので、あっちとこっちを入れ替えて特別待遇で送り出し、押しやったものはおわびメールでなんとかごまかし、そのあとのをまたまたおわびで…なんてことがあったばかり。これが済むとパタッってのがくるんだよねえ、たいてい。そういやお別れしたチーム仕事のリーダーだった人が「仕事が切れると鬱になる」と言っていた。フリーランスの人はみんな似てるよね。来ると頼まれた以上の仕事をしようと頑張っちゃって、来ないときはガクッとなって。もうダメか…と思い始めるころに思わぬところから声がかかってしばらくはしゃぎ、そのあとはアレレみたいなね。まあそういうわけで、この4か月間はずっと走ってた。次が来ないなら今のうちに…みたいな心境で。GW明けあたりから、そろそろパタッがくるかな。まあ前半頑張ったからね。焦りは禁物。
とはいいながら、夜はもう映画観たりぼーっとツイッタ眺めたり、脳は劣化してますな。複雑なことを考える気力がわかないのね。忘れることはもともと得意だったけど、さらに輪をかけて多くなった。学生時代の引き出しはみんなさび付いちゃったし、あとから仕入れた引き出しは案外建て付け悪くて機能しないという悲劇。納めた仕事について、文句が聞こえてこないのがとても不思議でならないのだけど、この辺は営業に差し支えるから口に出さずにおいたほうがいいんだよね(笑)。仕事脳の部分は毎日動かしているから、案外習慣で使えちゃうのかな。不思議です。
手元に残っている雑誌とパラパラと入る単行本話で、まあ何とか生き延びるのはクリアーしてるけど、その次がね。人に胸を張って語れることは何にもない。庭の甘夏でマーマレードをつくったり、今年初めて挑戦したキヌサヤが思いのほか元気に育って初収穫を楽しんだりくらいがヨロコビで。しいて言えばお金を使わず生きてきたってことくらい。威張れることが何もないってことが逆に自分のホコリ(埃??)だったりするのかな。やっぱりさ、いろんな意味で、人って「偉く」ならないほうがずっといいなあと思う。負け惜しみじゃなくって、ほんとに心から思うのよ。うまく表現できないんだけどね。
タイトルは、ず~っと昔に読んだ(見た?)冨岡多恵子の詩(だったと思う)のフレーズから。といってもちゃんと詩集で読んだんじゃなく、なんかの評論の中で紹介された文を読んで「みんなえらくなりたいのよみんな」ってとこだけが突然頭に住み着いちゃった。これがなかなか強力で今でも折にふれて浮かんでくる。そういう意味で若い私の心をぐっとつかんだのはまあ事実なんだけど、でも、十分すぎるほどのオトナになった今は、これってやっぱり違うと言いたい。人はえらくなりたいんじゃなく、誰かに認めてもらいたいだけなんだよね。人との関係はフラットがいちばんだと心から思う。えらくなっちゃうと見えなくなるものがあるよ、絶対。