有終の美どころではない事態発生。すべての仕事を引き渡す寸前の段階にきているというのに、こんなところで、過去のかなり大きなミスを発見してしまった。
すぐわかる簡単なミスなのに、私はもちろんのこと、入力担当者にも、印刷所の編集部にも、幹事の先生にも、だれにも気づかれずに納本されて時が経ち、それが最後の最後になって発覚した。
基本的なことを見過ごしていたのだ。我と我が目を疑ったけど、これは事実だった。なぜこんなことが起こっていたのか、自分でもわけがわからない。
この時期急に増えた次号原稿の指定があり、急げ急げの大号令ですべてが進んでいて、ここの部分の作業時間が短すぎたから、ついついチェックがおろそかになったのだろうけど、それも言い訳に過ぎないなあ。
あ~あ。ため息ばかりが出る。
・誰もこんなところは見ない→だから気づかれなかった
・webにもアップされないおまけの部分だ
・仕事打ち止めで、私も印刷所もペナルティをすでに課されているも同然
じゃ、黙っておこうか、それが大人の知恵というものじゃない、と誰かが遠くでささやく。
が、時間が経てば経つほど、苦しさは増してくる。ミスをしたという事実に加え、黙ってやり過ごすということの二つの重みが私を苦しめる。
この先自分の過去の過ちを黙って抱えたままでいくよりも、いま関係者にお詫びして、できうるすべてのことをする方がずっといい、との最終結論に達した。
で、ただいまお裁きを待っているところ。投げられたほうもまいるだろうなあ。K先生、最後まですみません m(__)m
論文の内部までよく読んで、時に著者の誤りを指摘して感謝されたりすると単純に嬉しがっていた私だけど、自分の仕事ぶりはまさに「木を見て森を見ず」だった。最後の最後で自分の力不足を痛感させられた今回の件、この事実を忘れずにこれからの新しい仕事に向かわなくちゃいかんなあ。
しかし、へこむ…。
有終の美は飾れるのか?!
おそらくはあちらの英文校閲トラブルに端を発した1か月遅れだのに、それを最後に取り戻せとの至上命令に振り回される日々が続く。現場はとてもいい感じで最後を迎えつつあるのに、編集側の周囲に少しひんやりとしたものが漂っているのが残念でならない。最後になって、あのお方の別の顔が見えてきた思いだ。思えば、時折見え隠れするものは何かあったようにも…。
幼なじみのS、何しろパワフルで明るい「姉御」肌。世間では今頃専業主夫が増えてきたが、彼女のところはもう15年以上のキャリアのある専業主夫家庭。彼女が外に出て、夫が家事を担当して、3人の子育ても終盤に近づいてきたその今、彼女が日本に4,000人ほどしかいない難病に罹患しているとわかったのだという。数年前の腫瘍の早期発見・放射線治療が影響しているんだろうか。
急にどうなるというものではないらしいが、これからクスリとの付き合いが続くらしい。入院も自宅療養も「今までできなかったことができて楽しかった」ととらえる彼女。静かな時間ができるだけ長く流れてくれますように。
そして、母方のいとこの急死。下から2番目に若いいとこだったが脳梗塞で、寝ている間に逝ってしまったという。彼の葬儀で久しぶりに出会った多くのいとこたち。頭の中には、親しく行き来して遊んだ幼い頃の顔が浮かぶけれど、現実にそこにいるのはシワシワ・スカスカのオジサンオバサンばかりだ。久しぶりに出会って少し気恥ずかしいのに、話し始めると互いに共有していた微妙なニュアンスがあることに気づく。(こんなふうに書くのは月並みでいやなんだけど)やっぱりこれが血縁というものなんだろうか。
こういう集まりでいつも「活躍」していた母がいない。息子を亡くした叔父は、こんなときに母がいてくれないのがこたえると、私の手をとって涙をこぼした。
少しずつ記憶の中の人が退場していく。
大事なのは「希望」と書いた前回、実はあの日に状況がずいぶん変わった。午後になって、その希望らしきものがやってきた。
四苦八苦の末に人生初めての英文履歴書を出してから3週間、何の反応もなくもうダメかと思っていたところに「来春からの試用OK」の話が届いた。仕事の中身はまだはっきりしていないけど、在宅でできる本の仕事らしい。この年になっても、オバサンまだまだ通用するじゃないのと、少し嬉しくなる。
さらにその後、別な話も並行して進み、なんというか「来るときはいっぺんに来る」。
で、次なる心配が。
これだとちょっと受けすぎではないか? 果たしてこなせるんだろうか。複数の仕事を並行してっていうのはまあお得意だけど、今までは雑誌が中心で書籍はあまり経験がない。仕事が欲しいと騒いだ挙句、結局こなせなかったとなったのでは、心配して口をきいてくれた人に申し訳がたたない。
でも、これって、まるで先の見通しがないつらさに比べれば、ずっとお気楽な心配だ。今の雑誌を受ける時だって心配は山ほどあったけどクリアーした。こんども誠意をもって対処していけば、案外するりとクリアーするかも。
詳細は何も決まっていないのに、「可能性」が手に入っただけで心がずいぶん軽くなる。なんとも単純なイキモノだこと。
冬用のカーペットを「オレが洗う」と張り切っていた夫、「イテテ」の叫びとともにダウンす。すなわち、鬼の一撃ぎっくり腰ナリ。夫の嘆きまさに大。
しばらく出ないと思っていたけど、気を許しちゃうと出るのねえ、こういうのは。かなり慢性化してますな。私も右肩右ひじ右ひざコース一式の痛みがいっこうに引かないし(右の人差し指の痛みはすぐに引いて、これは救われた)、二人そろって満身創痍の感あり。こういうとき、世間の人がみな元気ではつらつとしているように見えるのは、何の魔法だろう。
が、老いるとはまだまだこんなもんじゃないぞ!と、突然天の声が聞こえてきた。そうだタフにならねば。校了でバタバタしているときに、雑用があれこれ待っているのはたいへんだけど、寝たきりの母上を何年も自宅で介護しつつ校正の仕事を続けているM先輩のことを思えばなんのこれしき。
大事なのは「希望」よ。
心の中に小さな晴れ間が一点あれば、人は救われる。
ブログを始めてもうすぐ3年が経つ。近頃とんと更新できないのには、忙しい、この先の仕事がいつまでも決まらないという物理的心理的障壁に加え、表現する際に「ウソくさい感じ」がいつもつきまとっていること、というのがある。
あれこれ思いのたけを記しかけても、「ああ、あの人に迷惑がかかったら」「これを書くと仕事に影響がありそう」「あの人にはいいがこの人には知られたくない」なんて思いが芽生えると、とたんに自主規制したり表現を柔らかくしたり。そういうことを始めると、もう自分の気持ちがウソっぽく思え、書く気が失せてしまうのだ。
自分の書くことがウソくさいだけじゃない。他人さまの文章も、なんだかウソくさくみえるものがブログにはやたら多い。いや、中には楽しませてもらっている好きなブログもあるけれど、多くは「つくりました、行きました、食べました、…」の羅列やら、自分がいかに恵まれているか楽しいかを披瀝するものとか。そういうのはなんだかみんなウソくさく見えて、まるで面白くない。
いや、ブログばかりじゃなく、近頃のテレビもそう。クイズ番組も、旅番組も、みんな仕込みとかやらせが感じられて、実につまらない。
いま私が知りたいのは人の本当の気持ち。損だ得だと計算しない、リスクを負うことも辞さないくらいの「セキララ」な思いを、垣間見たいのだ。自分の思いもできるだけセキララに表現できたら、今の私を苦しめている胸のつかえが少しは取れるかもしれない。
でも、このセキララ、実に難しい。公開した次の日もその次の日も新しい私の人生が続くわけで、私はそのセキララ後に起こることがやっぱり怖い。
そんな中、今朝のフジテレビで観た信友さんというディレクターの乳がん手術体験レポートに珍しく「セキララ」なものを感じた。術前術後の胸をカメラの前にさらし、抗がん剤で髪が抜けるのを見せるために、入浴中の洗髪の様子を背中のアングルからも見せ、…いやそれよりも何よりも、そのときそのときの変わる思いを実にオープンにカメラの前で語っていて、観ている私にこの信友さんの気持ちがまっすぐに伝わってきた。
彼女をここまでオープンにさせたのは、「死」を意識したことが大きいんだろうけれど、それにしても、凡人はなかなかここまではできない。彼女の処し方に実に潔いものを感じて、ちょっと感動してしまった。
セキララの持つ大きな力、いまさらながらにして思う。
思ったんだけど、実践するのは難しい。あれこれ捨てないとできないよねぇ、やっぱり。